未知との遭遇海を渡る生活革命の起爆剤
特集3 八代市が取り組む地域活性化
于文=文 呉文欽=写真
農地や民家をめぐる、さして広くない道。空き地と主のいない店舗が近くに散らばり、荒涼とした無人の空間を広げている。静かな朝を迎え、静かに夕日を見送るのどかな時間の流れ。ここ熊本県宇城市の松橋町の人々も、そんな日本の地方都市のありふれた風景のもとで日々を過ごしている。
記者が松橋町を訪ねたこの日の早朝、コメ農家の古本雄司さんも家族と共に松橋町を訪れた。施設の管理人がドアを開けると、制服で身を固めた職員が一斉になだれ込み、持ち場に着く。古本さん一家も自分のブースをお菓子やくまモンのマグカップなどで飾り、「日本円1500円、人民元100元」などと書かれた値札を貼って売り場を整えた。今日は9時半を手始めに115台のバスが来る予定だと奥さんは目を輝かせる。
週1回でも大盛況
熊本県の八代港に中国人観光客を乗せたクルーズ船が初入港したのは、5年前のこと。年々その数は増え、2017年の1年間に入港したクルーズ船は70隻で、35万人を超える中国人観光客を運んだ。下船した旅行客は大型バスに乗り、松橋町の免税店へと向かう。
免税店の駐車場にずらりと並ぶ大型バスと熱気に満ちあふれる店内。スマホを手に目当ての品を探し、目新しいものを見つけては中国人の店員に尋ねる観光客。上海から来た周さんの二つの籠の中は薬と化粧品で占められ、その隙間を埋めるようにたばこと食品が詰まっている。「インターネットで人気商品が調べられるから、中国で事前にリサーチするの。日本で買えば免税や割引もあるし、今は元高だから特にお得。代理購入分もあるからまだまだ買わないと」と満足げだ。
「クルーズ船の増加を見込んで、本部が出店を決めました。週1回の営業ですが、開店以降の業績はとても良好です。80人いるスタッフの半数は別店舗から派遣、残り半数は現地採用です。中国人スタッフもいますが、薬剤師、店長、管理職員は日本人です」と楊文灼店長は語る。
古本さん夫妻は中国語ができないために商売をためらっていたが、商工会議所の尽力で、免税店周辺でのブース設置が許可されるようになり、出店を決めた。さすがに免税店のようなにぎわいはないが、それでも十分だと奥さんは言う。「自家栽培米とせんべいの販路ができたし、小物の売れ行きも良くて、家計の足しになるわ」
「シャッター街」に活気を
八代商工会議所の松木喜一会頭は「17年には、70隻のクルーズ船が入港しました。1隻5000人、1人平均2万円の購入と試算すれば、年間70億円の収入です。これを県民の収入増や地域経済の活性化にどうつなげるのかが目下の課題です」と語る。旅行会社に決められた下船後の観光コース、熊本県外の会社が運営する免税店、さらに当地に宿泊せず他方に流れてしまう観光客など、当地の収益につながりにくい要素が、いまだ多く存在しているのだ。
しかし八代市には、八代城跡公園、ユネスコ無形文化遺産の八代妙見祭、日奈久温泉などの豊富な観光資源がある。八代商工会議所中小企業相談所の木村幸之助さんは、「ディープな旅を好む中国人観光客の来館が増えたので、老舗温泉旅館の金波楼では昼食プラス日帰り入浴プランを始め、好評と聞いています」と、観光客誘致の工夫を語る。八代市も中国人観光客専用プランの設置やフリーWiFi 、多言語ガイド、スマホ決済300店舗などの公共サービス強化を目指し、誘致の拡大に努める。
急増する外国人への対応に不安を感じ、インバウンド振興の懸念を持つ人がいるのも事実だが、700年続く老舗鍛冶屋ののれんを背負う盛髙親子はチャンスと捉えた。店内には多国語対応のパンフレットが置かれ、こだわりの自家鍛接で鋳造された包丁の数々が目を引く。盛髙經猛会長によると、今は注文の4割が外国人で、作業場の見学や鍛造体験も行っているという。
かつて八代のメーンストリートだった本町商店街は、今や多くの店舗が閉店してしまい、行き交うのも高齢者ばかりという典型的「シャッター街」だが、「ウイーチャットペイ(微信支付)使用可」と中国語で書かれた小さな食堂の緑色ののぼりが、中国人観光客の足を止めている。店主の横尾悦二さんは、中国人の旅行者や友達に「中国人はモバイル決済が今や当たり前」と聞き、フリーWiFiの設置や銀聯カードの導入を即決した。「金銭のやりとりに伴う煩わしさも言葉の壁もなくしてくれるので、うちのような小さな店にも商機を与えてくれます」とモバイル決済の利点をはにかみながら語る横尾さんは、「もっと中国人観光客の方々に足を運んでもらいたい。本町商店街にかつてのにぎわいを取り戻したいんです」と熱意を見せた。
百年に一度のチャンス到来
20年には八代市に入港するクルーズ船は200隻に達し、八代市の人口の10倍、100万人の旅行客を迎えると言われている。もし実現すれば、本町商店街や松橋町にも、往時のにぎわいが戻るだろう。もともと貨物船のために造られた八代港は、大きなクルーズ船のスムーズな出入りや観光客の誘導に課題があったが、熊本県が改造を決定したのに続き、17年に国際クルーズ拠点として国家投資プロジェクトに指定されたことから、地元の期待が集まっている。熊本県で港湾整備に関わる山道広人主幹は、「数年のうちに、官民連携投資で九州中部の大型クルーズ船受入拠点として整備が行われ、アジアに向けた大門として開かれるでしょう」と期待を見せる。
「25年前の中国は日本の投資先でしたが、今の中国は活気あふれる市場です」と語る熊本県商工観光労働部国際課の藤芳純主幹は、「日本は人口減少の影響を受け、今後の国内市場が縮小していくと思われます。ですから今後は、中国の方々にもっと日本の製品を買ってもらい、もっと日本に遊びに来ていただく必要があるのです。当初は習慣の違いによる摩擦などもあるでしょうが、交流の機会が増えることで、理解や信頼が生まれると思います。日本はもっと、中国が魅力的な市場で良きパートナーだと知るべきです」と説く。
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