未知との遭遇海を渡る生活革命の起爆剤
特集4 盆栽の「匠」の技術を中国へ
于文=文·写真
真剣な面持ちで松を剪定する黄有為さん(29)は、福建省泉州市出身。来日から1年、日本語はいまだ流ちょうとは言えないが、はんてんと腰にぶら下がったさまざまな工具といういでたちは、「日本の職人」そのものだ。ズボンの裾に泥を付けたままの男性が寄り添い手本を見せ、ゆっくりとした日本語で何やら説明をしている。教え通りにハサミを入れる黄さんに、男性はわが意を得たりとうなずき、笑みを浮かべた。はんてんには「親方」の刺しゅう。黄さんの師匠で、「春花園BONSAI美術館」の館長を務める小林國雄さんだ。4回の内閣総理大臣賞受賞経歴を持ち、盆栽界の巨匠として知られる小林さんも、盆栽好きの中国人が観賞に訪れるたび、弟子の中国人たちと共に応対に追われる。
中国で活況、日本の盆栽
東京·江戸川区の古色蒼然とした日本庭園の敷地にある「春花園BONSAI美術館」は、外国人歓迎を表すように、塀に各国の国旗を下げているが、木戸に掲げられた日本と中国の国旗から、中国との関係が特に深いことが見て取れる。
小林さんの弟子で園の案内役を務める神康文さんは青森出身、日本語、中国語、英語の3カ国語を巧みに使い分け、世界中からの見学者に対応している。最近は中国人の訪問者が特に多く、1日3グループ、150人を超える大規模な見学もあるという。小林さんに理由を尋ねると、「私の技術を盗みに来るんでしょう」と豪快に笑った。
近年、中国では日本の盆栽の人気が急上昇している。アリババのジャック·マー会長が日本で高額の盆栽を買ったニュースはネットをにぎわせ、盆栽の芸術的価値とその高値を、ネットユーザーに印象付けた。それ以降、中国では盆栽市場が拡大し、観賞用にとどまらず、投資の対象にまで発展した。
盆栽人気を受け、弟子入り志願者も急増している。「盆栽はとてもデリケートで、毎日手入れが必要です。手入れを怠ると形が崩れて本来の魅力が失われ、水はもちろんのことですが愛情も注がないと木が枯れてしまいます。そうなると、数十年の努力が一瞬で水の泡です。盆栽を買う中国人は増えているのに、中国には手入れのできる人がいないのです」と、盆栽職人の大切さを語る小林さん。中国の友人から職人を育ててほしいと頼まれたのをきっかけに、2012年から中国人弟子を受け入れ始めたという。今も弟子の多くは欧米人だが、中国人25人が小林さんの教えを受けた。この数は日本盆栽協会公認講師の中でも最多で、大半は日本で1年の修業を経たあと帰国し、盆栽職人として活躍する。
高給取りからいばらの道へ
小林さんに弟子入りする中国人は、すでに腕に覚えがある人がほとんどだが、冒頭の黄さんは、異業種からの転換組だ。大学で服飾を学び、卒業後に上海で高給の職を得て2年間必死で働いたが、ある時期を境に「これは本当に自分の望んだ人生なのか」と疑問を持つようになったという。そんな時に、父から日本には盆栽というものがあると聞き、心が動いた。「盆栽に触れていると心が休まり、自分の好きなものはこれだ、と感じたんです」と黄さんは振り返る。職を辞して本場の日本で学ぶことを決意し、紆余曲折を経て小林さんへの弟子入りをかなえた。
弟子の毎日はまさに「修行」の連続。毎朝7時に掃除を始め、作業場を完璧に掃き清めたあと、師弟ともどもおかみさん手作りの朝食をとる。そのあとは午前中いっぱいをかけて、広大な庭園の掃除。昼食後のわずかな休憩後は、いよいよ剪定だ。黄色くなった葉を摘み、枝を整えること数時間、見た目はそう変わらないが、膨大な時間と手間をかけて剪定を毎日行うことで、健康で優美な木に成長するという。上海という大都市で時間に追われる日々を過ごしてきた黄さんは、盆栽で「ゆっくり、こつこつ」と自分を取り戻しているかにも見える。仕事を終えると、他の外国人弟子と共に寮に戻り、あとは自分の時間だが、寮での共通言語は英語だという。「いろいろな国の人と一緒にいるのはとても楽しいし、視野も広がる。これは思わぬ収穫でした」と嬉しそうな黄さん。1年の修行満了時に引き留められ、春花園の職人として日本に残り、今や小林さんにとって自慢の弟子になったが、思いは今も中国にある。「最終目標はやっぱり中国に戻ること。中国には無限の可能性がある」と目を輝かせる。
中国人が担う「日本の匠」
日本水石協会の理事長を兼任する師匠の小林さんは、盆栽職人が減り続ける現状を嘆く。「日本の盆栽業界が衰退する一番の原因は住宅事情です。庭付き一戸建てが減り、狭い集合住宅住まいでは、盆栽を置く場所もないでしょう。多くの伝統産業同様、この業界も高齢化と後継者問題で苦境に立っています」と眉をひそめるが、今は小学校に上がった孫に将来の希望を託しているという。「盆栽は中国から伝わり、日本で数百年の歴史をかけて発展しました。強い生命力だけではなく、経済的価値も十分にある盆栽の魅力を、孫に分かってもらえたら」とユーモアを見せた。
孫に盆栽の将来を託す小林さんだが、今の心のよりどころとして、勢いよく発展する中国市場への期待と、盆栽技術を伝え、継承するために立ち上がった中国人の弟子たちの存在も大きいだろう。今後は自分の技術を若い人に継承し、世界に広く門戸を開いた「盆栽大学」の設立を目指すと語る。「古来、両国の文化は共に伝え合い、共に発展したことで多くの貴重な文化遺産を生み出しました。ですから今後も、より多くの中国人に日本の伝統文化を学んでほしいと思っています。文化の共有こそ、伝統技術の継承と発展に不可欠なものです」
伝統を担う重責を語る小林さんだが、その声は明るい。
上一页1235下一页下5页 |